レッスン報告
2023年07月18日

都立高校の合唱指導に行ってきました 1.発声 その3


前回、以下の内容について解説しました。

  • 姿勢及び呼吸
  • 息は骨盤から吸う
  • 吸気はエネルギー補給
  • 吐く時はクラシックバレエの1番

今回は以下の内容です。

  • 美しい呼吸の出発点(吸気)
  • 呼気時のブレスコントロール
  • オープンスロート(あくび喉)の重要性

前回は呼吸時に身体全体がどのように働くかについて解説してみました。今回は息の通り道について考えてみます。歌う時にも管楽器を演奏する時にも前回と今回の内容は非常に重要なものになります。前回はまるで解剖学のような感じでしたが、今回はイメージ重視の内容になっています。

 

美しい呼吸の出発点(吸気)

水墨画をイメージしてください。水墨画は、墨の黒一色で表現される絵画ですが、墨の濃淡、ぼかし、かすれ、にじみ、グラデーション、筆を運ぶときの勢いの強弱などを駆使し、簡素でありながら繊細な表現が可能な絵画です。

私はその素晴らしさを「線は、僕を描く」という作品で知りました。原作は小説で、その後に漫画化、さらに映画化されています。

こちらが漫画版

 

どれも美しいです。そうです、音楽の呼吸の世界に非常に通じるものがあるからです。筆に墨を含ませることは、次にどういう線を引きたいかが具体的にイメージできていないと含ませ具合がわかりません。音楽でいえば、次にどういう表現をしたいのかによって、どういう濃淡の、どういう色彩感を思い浮かべて息を吸うべきなのかが演奏者がイメージできていなければなりません。一流の演奏家のブレス音は、それだけで美しい表現の一つです。筆に墨を含ませなければ線を引くことができないのと同じように、息を吸わなければ歌を歌うことはできません。ですから、吸気の段階で勝負ありです。

  • 愛する人を初めて見た時の、心臓が止まってしまうのではないかと思う心地よい息苦しさ。
  • 愛する人のいいところしか見えず、彼のことを考えるだけで抑えようもない高揚感に包まれている時。
  • まさかの彼からの告白。信じられない。「僕は永遠に君のものだよ。」だなんて⋯。
  • 私の(薬)指にあるお前、(結婚)指輪よ⋯。

これらはハインリッヒ・ハイネの詩にローベルト・シューマンが曲をつけた名曲中の名曲「女の愛と生涯 作品42」の序盤4曲の簡単な説明です。これらの全てが同じ質のブレスでいいはずがありません。ただ愛する人のことを語っているだけとも言えますが、設定がどうなのか? 喜怒哀楽は溢れ出ているのか? 滲み出ているるのか? 噴き出しているのか? 各曲でも違いますし、それぞれの曲中もただ一つとして同じものはありません。どうでしょう? 先ほどの水墨画の紹介にあった「墨の濃淡、ぼかし、かすれ、にじみ、グラデーション、筆を運ぶときの勢いの強弱などを駆使し⋯」は音楽の呼吸そのものと言えませんか?

一体どのくらいの吹奏楽団やコーラスが、ブレストレーニングをしているのでしょう? そしてそのトレーニングが、前回から解説してきた心肺機能や支える筋力の強化を目的としたもののみならず、感受性を高め、磨き、美に憧れを抱く吸気を求めた指導を行なっているのでしょうか? 無機質な、非音楽的なブレスに対して何の疑問も抱かず、吸気の質が伴っていないのに呼気によって出る音のことばかり悩んでいることのなんと馬鹿らしいことでしょう。とはいっても、私も中高生時代はおろか、音大生の時にだってこのように考察したことなどありませんでした。本当に、時間を巻き戻して今の知識で10代からやり直せたらならといつも思います。それができないから現在の若い人たちに同じような、薄い時間を過ごすことのないように伝えていきたいと強く思っています。

このようなイメージは非常に重要なのですが、気持ちだけではどうしようもなく、やはりより効率的にことを進めるためには技術も欠かせません。この後は、技術的な話になっていきます。

 

吸気の流れ

実際にやってみましょう。よく言われる「いい匂いを嗅ぐように」がポイントです。「いい匂いを嗅ぐように」吸うと、自然に目が大きく見開くか反対に閉じるか、より鼻の奥に取り込もうとする感じがしませんか? そのようなイメージを残しつつ、この後の説明にお付き合いください

 

鼻から息を吸う

(ここからはイメージ)

喉・背骨の後ろを通る

(後頭部に空気を感じるように。一度空気が持ち上げられます。)

腰骨の少し上、下部肋骨の下に息を落とす

(初心者の方は横隔膜が下がった感じ。初心者以上の方はお尻=骨盤底筋の心地よい緊張を体感できるはずです。そのような状態になると、上腹部がふくらんで、反対に下腹部は軽く凹んだ状態になります。上腹部が膨らんでくるのは、横隔膜に押し下げられた胃が行き場をなくして前に出てくるためです。

横隔膜が下がり、胸郭が広がる

(自然なハイチェスト状態になります。しっかり息が吸えていると腹式呼吸だけでなく、自然と胸式呼吸も併用されるため、肋骨上部も広がりTシャツが破れるようなイメージになります。肋骨前部は軟骨なので、肺の膨らみによって拡がります。実際に叩いてみると背骨と肋骨では音が違い、軟骨であることがわかりますよ。)

 

「いい匂いを嗅ぐように」を上手にイメージできると、上記のような感覚を共有できると思います。よく人体をイラスト化する時に、顔だけが丸で、その下は直線で描かれることがあります。これは我々が人体に対して顔以外に意識があまり向いていないことを象徴しています。しかし、実際はそうではないので、我々は人体を立体的にイメージする必要があります。多くの中高生は人体を立体的に捉えていません。その副作用として、息が身体のどこを通るのか? といったことにあまり関心を持たないのです。液体を飲む時は物理の法則に従うしかありませんが、気体は口腔内の通り道をコントロールできます。このことこそが、美しい呼吸の出発点である吸気にとって非常に重要なイメージとなります。

 

 

呼気時のブレスコントロール

 

純粋呼気

人は睡眠時、自然に腹部が膨らんだりしぼんだりしています。喉はリラックスしていて声門も広く開いています。この状態は声帯周辺の力を抜いて息を当てる練習の大切な出発点ではあるのですが、このままではすぐに息がなくなってしままいます。そこで、呼気時に何らかの工夫が必要になってくるのです。

 

「正しい歌唱発声時には、呼吸のための筋肉は呼気時においても吸気的傾向を示す。」

呼気時にも横隔膜は下がった位置に留まろう、あるいはもっと下がろうとします。その結果、上腹部、みぞおちのあたりはさらに膨らむ傾向を示し、胸部、脇腹はしぼまずに、逆に広がろうとします。下腹部の腹斜筋はさらに斜め上に引かれて引っ込んできます。これらはすべて吸気時に起きる現象です。

息を吐いている時にも喉を楽にしていることができるため、呼気時のオープンスロート(後述)を可能にするのです。

 

オープンスロート(あくび喉)の重要性

あくび喉とは?

「あくびをする感じで歌いなさい。」と指導した時に、実際は口の開け方の問題ではなく、喉の状態のことを言っているのですが、生徒は口の開け方だと思ってしまう場合が多いです。

声帯の上部には喉仏(甲状軟骨という)があり、あくび喉をした時にはこの甲状軟骨が前に大きく下がり、いわゆる「喉が開いた」感じになります。同時に、軟口蓋と甲状軟骨を結ぶ口蓋喉頭筋が後ろに引き上げます。その結果、口蓋垂(通称喉ひこ、のどちんこ)は引き上げられ、口の奥が広がった感じがするのです。

甲状軟骨が前下方に傾いた時に、声帯は通常時よりも少し引っ張られた状態になります。この状態で地声を出すことは難しいのです。喉をオープンスロートの状態にし、息をたっぷり使って声を出すことで美しい発声を得ることができます。「口を大きく開けなさい。」は喉の奥を楽に広げることであって、音の出口である口唇部を大きく開けることではないのです。口唇部を大きくてしまっては、喉の奥を開けることができなくなります。

あくび喉の話はあくまで喉の状態の話であって、いわゆる口の形ではないということを理解しておくことが大切です。

 

あくび喉を体感する

あくび喉を体感してみましょう。

口を閉じて。鼻から息を吸う。

人前であくびが出そうになって慌てて手で口をふさぐイメージ。

喉の奥が上下(前後)に開いたイメージを感じることができればOK。

この状態がオープンスロート(あくび喉)=喉が開いている状態です。

口を閉じたまま鼻から息を出す。

呼気時に腹筋群の支えを解かないように。吸気的傾向を失わずに。

せっかく開いた喉の奥が閉じてしまわないようにしましょう。

再び息を鼻から吸う。

再び息を吐き、途中からハミングにする。

頭蓋骨全体や首の後ろに振動が伝わっているのを実感できればOK。

再び息を吸い、ハミングののち、少しだけ口を開け、「イ」または「ウ」と言ってみましょう。

母音は曖昧でいいです。

☆注意☆ この時、決して口を横に引いてはいけません。口を横に引くと、自動的に声門(左右の声帯の間にある、息の通る狭いすきま)が閉じてしまうからです。どんなに深い息を試み、豊かな声で歌おうと思っても、声門が閉じてしまえば地声にしかなりません。

 

息を回す

「息を回す」とは、体の背面で「息の流れが弧を描く」ということです。すなわち体の前面、喉の前面を通って直線的に前へ息が出て行くのではなく、一旦横隔膜の方に向かって下がった息が、体の背面からあくび喉の後ろ側を回って出て行くイメージを持ちなさいということです。

声楽に「子音は前、母音、響きは後ろ」という有益な表現があります。あくび喉の状態で息をしっかりと回し、この「子音は前、母音、響きは後ろ」ができると、柔らかい豊かな響きの声が出るようになります。

「息は回すものであり、音は息がツボに当たって響くものである。」

 

以上、発声について書きましたが、ほとんどは呼吸のことですから、当然吹奏楽部にも通じる内容です。

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